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「!?」
窓辺に立って話していた二人が驚いて扉を振り返ると、そこには幼い少年がぽつりと立っていた。目を細め、口元には悠然とした笑みを浮かべている。一族共通の明るい緑の髪に、瞳の色だけが他の兄弟と違う。本来なら青いはずの瞳の色は、髪と同じ色。
ただ、その瞳には普段とは違う、ぎらついた輝きがあった。
「ラウィス? お前、一体何の用だ?」
兄が言った。まともに顔を見て会話をしたことがないため、ラウィスの表情の変化に彼は気づかない。
その言葉を無視してラウィスがつかつかと部屋に踏み入ると、背後でバタンと、まるで意思を持っているかのように扉が閉まった。
「おい、聞いているのか?」
「黙れ」
兄の問いには答えずに、ラウィスはきっぱりと言い放った。
「なっ」
かっとして反射的にラウィスを睨んだが、逆にラウィスに見つめ返された時、思わず言葉を失った。
(……ラウィス、じゃない?)
人を完全に見下した瞳。冷酷で、残忍な。
そういえば声も、ラウィスのものなのに、どこか違っていたような気がする。低く、不自然なほど落ち着き払った声色。そしてその身の周りを取り巻く異様な殺気。
父親と兄、二人はようやくラウィスの様子がおかしいことに気づき、ごくりと生唾を飲んだ。――まるで、ラウィスに悪魔が憑依しているかのようだ。
「だ、誰だ」
父の動揺ぶりを見て、ラウィスがふっと笑った。そしてゆっくりと口を開く。
「貴様の忌々しい子の顔を忘れたか?」
「ラウィスの身体を乗っ取った悪魔か?」
「………」
ラウィスは答えない。ただ面白そうに目を細め、父親を見つめていた。人を馬鹿にした目つきに父親はたじろいで、それを隠すかのように声を張り上げた。
「いや、ついに本性を現したか!」
「……本性、か」
このくだらない男は、心の底から怯えている。足をぶるぶると震わせ、視線を泳がせて、実に滑稽だ。しかし、自分の殺気でわざわざその身を包んでやっているのだ、それくらいの反応がなけれなつまらない。
「父さん? どうしたの、そんなに……」
兄が父親を振り向いて言った。この愚かな男には未だにわからないらしい、自分の父親がどれほどの殺気をその身に受けているのか。それはいつの間にか忍び寄って、気づけば身体の芯までを覆い尽くす。憎しみが、身体全体に染みわたる。
ただ漠然とした恐怖と寒気を感じ、震えるだけ。
「気分はどうだ? 俺は貴様のような人間をいたぶるのが、好きなんだ……」
「や、やめろ……! お前は何者だ!? ラウィスは何処へ行った!」
父親がついに叫んだ。ラウィスにとって、これは実に愉快な遊びだった。凄みをきかせた台詞を吐けば、予想通りの反応が返ってくる。――実に愉快だ!
笑い出したくなる衝動を抑えるのは大変だ。これが自分で言葉を発するということか、これが他人の視線を感じるということ、これが人に恐怖を与え、自らの感情をぶつけるということか。今まで今まで知らなかったこと。望んでいたことだ。
そうだ、ずっと出てきたかった、この世界に!
「何処に行っただと? ここにいるだろう? ラウィスは俺の中で泣き叫んでいるさ……何故だかわかるか?」
「何を訳の分からないことを言っているんだ、悪魔め! ここから立ち去れ!」
兄が言い放った。しかし彼もまた、徐々にラウィスの殺気に包まれていた。そのせいで声がうわずり、瞳の奥にも恐怖の色が浮かび始めていた。
「わからないのか? では教えてやろう、それは何故か……」
ラウィスの右手に、どこからともなく杖が出現する。それは小さな身体に不釣り合いなほど大きなもので、先端には三日月のような形をした刃が付いている。しかしそれは三日月というよりも、今は死神の鎌のように見えた。
「!」
ぞくりと、兄の背に悪寒が走る。ラウィスの殺気に取り込まれ、恐怖が腹の中で渦巻いた。それは深く暗い憎しみ。あまりにも増幅されてしまった、燃え盛る怒り。冷たい悲しみ。そして温かなものへの渇望、期待。
これらすべてのものが父親や兄に向けられているわけではないことは、ラウィスも気づいていた。もともと内に秘めていた感情が、肉親に向けられたそれと、混じりあい、同化し、混沌としてしまったかのように。――それを、どこかに吐き出したかった。
どうせ、殺さなければ、殺されるのだ。最初に吐き出す対象がこの二人でも、何の問題もない、間違ってはいない。
そのために、自分は生まれた。
「……何故なら貴様らを! 殺して貰いたくないからだッ!」
かっと目を見開き、兄の目の前まで一瞬で移動すると、ラウィスは思い切り杖を振りかぶった。
杖の切っ先が風を切る小気味よい音。それはまるで極上の音楽のように聞こえる。
ざん、と杖は何かを切り落とした。――音楽はほんの一時の旋律を聞かせただけで、一気に終結部(コーダ)へと向かう。
呆気なく、そして実に簡単な幕切れ。ごと、と鈍い音を響かせて、何かが床の上へ転がり落ちた。
血しぶきがラウィスに降り注ぎ、全身を真っ赤に汚した。だがそんなことはどうでもよかった。言い知れぬ快楽と共に、心のどこかにぽっかりと穴が空いたような感じがした。
あいつが泣き叫んでいるのがわかる。ひどく耳障りだ。
――わかるだろう? もう、時は流れてしまったんだ。運命は、止まらない。