創作をするにあたり、モチベーションを保つことを目的として。
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「ん?」
自分に向けられるアンナの、悲痛とも絶望ともいえそうな視線にようやく気づき、レニウムはいつものにぱっとした笑顔を向けた。
「ああ、今のはさっきまで読んでた本に書いてあったんだよ。主人公の勇者がカッコよかったから、つい真似してみたくなっちゃって。似てた?」
そしてはははと無邪気に笑う。ちなみに「おーっ!」の部分はおそらくアドリブだろう。
「似てたかなんて……知らないわよ……」
アンナはうつむき、怒りにわなわなと身体を震わせた。
「ア、アンナ?」
さすがのレニウムも、異変に気づいたらしい。おどおどしながら、アンナの顔をのぞき込んでみる。影になってしまってその表情までは見えないが、口をきゅっと結んで、何かに耐えるようにしているのはわかる。
「あれ? えーと、そのぅ……アンナ?」
事態が飲み込めず、レニウムはとにかく狼狽している。悪意があるのではないかと疑ってしまうほど脳天気で、かつ取り乱すことなど滅多にない彼からすれば、これは非常に珍しい光景だった。しかし、せっかくのそんな貴重な場面を、今のアンナが楽しく見学できるわけはない。
「レニウムの……」
ふいに口を開き、言いながら突然ばっと顔を上げたアンナの目には、きらりと涙が光っていた。
「レニウムのばかーー!!」
叫ぶと同時に、どす、と鈍い音がする。次の瞬間、レニウムは腹を両腕で庇うようにして押さえ、がくりと膝をついた。
「い……痛い……」
か細い涙声で呟くレニウムの目には、実際に涙が浮かんでいたが、うなだれているためにアンナからは見えない。が、アンナはその時はっと我に返り、見事な形勢逆転を噛み締める間もなく、慌ててしゃがみこんでレニウムの肩を掴み揺さぶった。
「あああああっ! ごごごめんなさいレニィ! あたしったらイラっときちゃってつい……!」
「だ、だ、だいじょうぶだよ、わりとなれてるからははは」
ゆさゆさと揺さぶられ軽く目を回しながら、あからさまな空元気で答えるレニウム。痛すぎて口元が笑っている。
と、その時、玄関の方でガチャリと音がした。
「あ」
揺さぶる手をぴたりと止め、アンナは扉の向こうの玄関を振り向く。レニウムも目を回すのをやめ、アンナにならった。
「イングリットだわ、きっと」
声は何もなかったが、直感でわかる。アンナはレニウムから手を離し乱暴に床に放り投げると、ぱたぱたと玄関へ向かった。その顔いっぱいに、安堵の色を浮かべながら。
「ちょっとお! こんな時間までどこに行ってたのよ!?」
予想通り、そこにいたのはイングリットだった。その姿を見つけるなり、ついきつい言葉が口をついてしまう。
「げっ、アンナ、まだいたのかよ!?」
「“げっ”とか“まだ”とか、いちいち失礼なヤツね! だいたいあんたこそ……って、あれ」
アンナは途中で言葉を切って、何かに気がつき軽く首をかしげた。
「なんで泥だらけなの? それに、なに隠してるのよ」
「ぎくっ」
アンナの指摘したとおり、イングリットの顔や服がところどころ泥だらけで、しかも後ろ手に何かを隠し持ってるようだ。
「怪しい……」
「な、なんでもねえよ! こっち見んなよっ! シッシッ!」
ふーん、と腕を組んで訝しげな視線を向けるアンナ。目が泳ぎ、明らかに挙動不審なイングリット。これを怪しむなという方が無理な話だ。
「おかえり、イングリット」
ふわりと、アンナの背後から柔らかな声。イングリットがその声のした方に視線を向けると、そこにはよく知った人の笑顔。なぜが額に冷や汗が光っているし、その表情は心なしがぐったりしているように見えるけれど。
「レニウム」
「早く中へお入り、風邪をひくよ」
言いながら、アンナの隣に立つ。イングリットを見るその目は、相変わらず日溜まりのように温かい。出会ったあの日のまま、なにも変わらない。ずっと、変わらない。
その目から逃れるように、イングリットはうつむいた。
不思議だ、と思う。ただただ、自分に注がれる変わらないその優しさが、不思議だ。なんだか、くすぐったいような気がして。照れくさくて。――嬉しいって、こういうこと?
「イングリット?」
口をつぐんでしまったイングリットに、レニウムが心配そうな声をかける。アンナも何事かと、その顔をのぞき込むようにして身を屈めた。
「お……」
イングリットがおずおずと口を開くと、ふたりがその言葉を繰り返す。
「お?」
「お、おい……」
「おい?」
イングリットはがばっと勢いよく顔を上げ、すうっと大きく息を吸い込んだ。
「おいわい!!」
そう叫ぶと同時に、後ろ手に隠し持っていた一枚の紙を両手でさっと差し出した。その目は確かに、レニウムの瞳をとらえて。顔を真っ赤にして。
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