創作をするにあたり、モチベーションを保つことを目的として。
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空に星がちらちらと瞬きはじめた頃、ようやく一通りの準備を終えたアンナが、仁王立ちしたまま一息ついた。目の前のテーブルには鳥の丸焼きやクリームシチュー、サンドイッチにマッシュポテトなど、それなりに豪勢な料理がずらりと並ぶ。もちろんたっぷりの生クリームに苺を惜しみなく乗せたホールケーキも忘れていない。ケーキも手作りしたため形は少し、いやだいぶいびつだが、愛情はあふれるほど詰まっているので問題ないだろう。家の中もピカピカで、眩しいくらいだと自分では思っている。
「うん。我ながら、よくやったと思うわ」
アンナは感慨深げに、ひとりうんうんと頷いた。ばたばたと忙しなく家中動き回ったせいで、髪や服がところどころ乱れている。そんな自分の姿に気づき手鏡を使って髪を整えながら、アンナはイライラした口調で言った。
「それにしても、あのバカは一体どこをほっつき歩いてんのよ」
あのバカとは、もちろん自分が家から追い出したイングリットのことである。
「早くしないと、せっかく作ったご馳走が冷めちゃうじゃない」
一通り身だしなみのチェックを終え、アンナは窓の外に目を凝らしてみる。まさかいじけて家の中に入ってこないのではと思ったが、人影は見あたらない。
「まったく、世話が焼けるわね。ほんとはレニィとふたりでお祝いしたいけど、そうするとレニィが気にするだろうし、外で誰かに迷惑かけてるかもしれないし………なにか、トラブルに巻き込まれてるのかも、しれないし……」
だんだん深刻な表情になりながらぶつぶつ呟き、アンナはリビングの扉を押し開く。その時、「それに料理が余っちゃったらもったいないしね」と誰に言うでもなく付け加えるのも忘れずに。
「レニィ」
レニウムの自室の扉をコンコンとノックすると、中から穏やかな声が返ってくる。この声が、アンナは大好きだ。
「どうぞ」
カチャリという音と共に、扉の隙間から顔をひょこりと覗かせる。レニウムは椅子に座って本を読んでいた。アンナの方へと顔を向ける動作にあわせて長い黒髪がさらさらと肩から流れ落ち、すらりと長い足を組んで背もたれに身体を預けているその姿に、目を見張らずにはいられない。普段脳天気な言動をしている人物とはまったくの別人なのではないかと思わせるほど、目の前にいる彼は透明感のある大人の色気を醸し出しているのだ。
「あ、あのね、もう出てきてもいいんだけど」
「掃除は終わったの? ありがとう」
言いながらにっこりと笑顔を向けられて、アンナは思わず顔を赤らめた。
「うん、あの、あたしのほうは終わったんだけど、まだイングリットが」
「イングリットが?」
「帰ってないの。だからあたし、捜しに行ってくるから」
レニウムはその言葉を聞いて、すっと立ち上がった。
「女の子をこんな時間にひとりで外に出すわけにはいかないよ。わたしが行ってくる」
「え、でも」
なんだか真剣な眼差しに、アンナはどきまぎした。見つめ返せば、涼やかな切れ長の目の凛々しさに、思わず目をそらしたくなってしまう。どうしたんだろう、いつものレニウムじゃないみたいだ。
「でも、今日はレニィにゆっくりしててもらいたいから、あたしが……」
「心配しないで」
レニウムはアンナに近づき、その両肩にふわりと手を置いた。思わぬ事態に、アンナはびくっと身をこわばらせる。
「君を危険な目に逢わせるわけにはいかないんだ。……ひとりの男として」
その薄い唇から言葉と共にこぼれ落ちる吐息が、頬をかすめて熱い。それほどに、ふたりの距離は近くて。――近くて。
「あ、あの、レニィ、そんないきなり、まだあたし心の準備が」
やっとの思いで喉の奥から絞り出したアンナのその声は震えていて、消え入りそうにか細い。
(どうしようどうしよう、レニィったらもしかしてあたしのこと……)
乙女の胸は、期待と不安で今にも破裂してしまいそう。ああ、そんな熱っぽい目で見つめないで。その瞳の光は、きっとあたしを狂わせるの。
「でも、レニィが望むなら、今すぐにあたし……」
そう言って、アンナはおもむろに目を閉じる。このまま、もうどうなってもいいと思った。世界が終わっても、この瞬間は永遠だと信じられるほどに。
「ああ」
レニウムの言葉は力強く、まるでおとぎ話の勇者様のよう。
「この手で必ず連れ戻してみせる。麗しの、イングリット姫を……!」
「ええ、連れ戻して、イングリット姫を……って」
そこでアンナは、はっと我に返った。――今、なんて言った? 姫? 誰が?
「はあっ!?」
軽くパニックに陥りそうになるアンナに気づきもせず、レニウムは今までのシリアスな表情をあくまでも貫き通したまま、
「そうだ! あの汚らわしい悪の化身に姫は渡さない!」
レニウムはアンナの右肩から手を離し、拳を作って天高く突き上げた。
レニウムはアンナの右肩から手を離し、拳を作って天高く突き上げた。
「いざ行かん、邪悪なる者の集う暗黒の城まで! おーっ!」
何だか頭痛がしてきたアンナは、もうこの言葉しか言えない。他に気の利いた台詞など思いつかない。
「なにが……!?」PR
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